闇打つ心臓
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伝説的な自主映画としての『闇打つ心臓』。23年経てつくられた『闇打つ心臓Heart,beating in the dark』。闇打つ心臓とは何なのか?関係者や監督たちに聞いて回る、リレーインタビュー。
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『闇打つ心臓Heart,beating in the dark』初日舞台挨拶!
とうとうこの日がやって来た!
23年を経て新たに生まれ変わった『闇打つ心臓Heart,beating in the dark』の初日。
「お客さんが一人もいなかったらどうしよう…」
スタッフ誰もがどきどきしながら劇場に向かったのですが、着いたとたん杞憂に終わりました。先週のオールナイトに続き、劇場には公開を待ちわびていたお客さんたちが沢山!思わず涙、涙、涙。
「この映画をこんなにも待ちわびてくれた人がいたんだ!」
それはきっとキャストも同じだったのでは?
というわけで、番外編第2弾は、初日を記念しての監督、キャストによる舞台挨拶のレポートを掲載!当日来られなかった方々もこのブログを読んで気分に浸っていただけると嬉しいです。



f0087322_14223998.jpg長崎監督:今日は見に来て下さって本当にありがとうございます。もしかすると想像とちょっと違う映画かもしれませんが、何かを感じてもらえれば嬉しいです。
内藤:当たり前のことですが、映画は皆さんに見ていただいてやっと完成するんだなと感じます。皆さんにとって、この映画が何かの始まりだったり、何かのきっかけになったら本当に嬉しいです。皆さんそれぞれの『闇打つ心臓』を持って、それを育てていただけたらと思います。
室井:23年前の自分と現在の自分が出演するという…ホラーではないですが(笑)怖いような恥ずかしいようなそんな深い気持ちです。とても夜に合った映画なので、この作品を2年でも3年でもやっていただけたらと思います。今日見た率直な感想を、帰ってから10人位ずつ広めていただくと、3年くらい続きますね(笑)。
江口:今思えば必要以上にすごい悩んでしまったのですが、共演者やスタッフの方々にアドバイスをいただいて助けられました。
本多:本多です。残っていく作品だと思うので、まわりの人に伝えてください。透という役にこれという軸がなくて…、いつも章一と透の狭間で……。よろしくお願いします。

司会:監督、本多さんがあんなこと言ってますが殴っておいてください(笑)内藤さんは学生時代から長崎監督の作品に出演されて、時にはプロデューサーもされていますが、内藤さんにとって監督はどういう存在ですか?

内藤:長崎とは、19歳からもう30年以上も一緒にやってきています。長崎にはいつも嫌がられますが、僕は映画が終わってすぐ次の映画は何?と聞くんです。長崎映画が見たいというのが僕の中で大きなモチベーションなので、次の映画を早く撮って欲しいということにおいては、僕は長崎のファンですね。
室井:当時の長崎さんは自主映画界のスターで、私も自主映画に出演していたんですが、もっと格好いい映画に出たいなと思っていまして。81年が私のデビューですが、本当のデビューはこの作品かなと思ったりします(こんなこと言っちゃまずいんですが、笑)。初めて男女の複雑な心を表現したという、ちょっと照れくさい映画です。

f0087322_14232033.jpg司会:若い二人の長崎監督の印象は?

江口:偶然16歳の頃に地元で、『闇打つ心臓』の上映とトークを見たんです。なので長崎監督と一緒にお仕事ができるのはすごく嬉しかったです。でも、監督は私にとって一番恐い存在です。何もしゃべっていなくても、私が何を考えているのかバレてるような気がして。
本多:僕も恐いです。見抜かれてるようで。

司会:では、これからそんな作品を皆さんに見ていただければと思いますが、え?あ!皆さんちょっとお待ち下さい。たった今連絡が入りまして、特別ゲストがもう二人いらっしゃったそうです!『闇打つ心臓』8ミリ版にも御出演の諏訪太朗さん、そして、水島かおりさんです。

諏訪:今日は本当にありがとうございます。感慨無量です。
水島:どうも皆さん私のために集まってくれてありがとうございます(笑)。子殺しという題材ですが、映画を見るというよりライブを聴くような感じで見ていただけたらなと思います。

司会:諏訪さんの長崎監督に対する思い入れは?

諏訪:思い入れも何も僕の青春です。当時、映画にできるだけ近付きたいと思ってやっていて、どうしていいか分からない時に内藤から長崎を紹介され、いつしか長崎の作品には必ず内藤と僕が出るというのを、暗黙の了解でやってきました。長崎の存在があるからこそ今の俺があると感じてます。


なんと、オールキャストが舞台挨拶に登壇!というとても豪華な舞台挨拶。
短い時間でしたが、監督、出演者『闇打つ心臓Heart,beating in the dark』への熱い思いがひしひしと感じられました。

番外編第3弾は長崎俊一監督×諏訪敦彦監督×矢崎仁司監督によるトークショーの様子をお届けします。同世代の監督たちの本音を佐々木史朗プロデューサーが余すことなく引き出します!

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by yamiutsu | 2006-04-20 14:27 | 番外編
公開記念オールナイトトークショー!
長崎監督から始まったリレーインタビュー。先日佐々木史朗プロデューサーで無事終了しましたが、皆さんお楽しみいただけましたか?80年代に彼らが思っていたくすぶる衝動を少しでも分かっていただけると嬉しく思います。
ここからは番外編。4/1(土)に渋谷シネ・アミュースにて開催された『闇打つ心臓Heart,beating in the dark』公開記念−オールナイト前夜祭「すべてはここから始まった」−。
当日、会場は奇跡と呼ばれている80年代の自主映画をどうしても見たい!というお客さんが多数来場。オールナイトに関わらず、立ち見が出る程の大盛況でした。
当日は長崎監督の他、室井滋さん、山川直人監督が来場し、トークショーが行われました。あの頃、彼らは何を考え、映画という衝動に駆られたのか……。


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司会:長崎監督、『闇打つ心臓』(8ミリ版)は、どんな経緯で撮られたんですか?

長崎:山川君の『アナザ−サイド』という映画もそうなんですが、当時、文芸座(現・新文芸座)という映画館がお金を出して、16ミリとか8ミリの映画を作る、ということをやっていたんです。で、僕がはじめて劇場用映画を撮ったのを機に、オールナイトで僕の作品を何本か上映すると言われて。その時の鈴木昭栄さんという支配人さんに、一本撮らせてくれないか、と言いました。

司会:『九月の冗談クラブバンド』という映画で35ミリの監督としてデビューされましたが、どういう気持ちでしたか?

長崎:その作品の撮影中に事故があったりして、自分が思っていたことと、出来上がった映画のあいだに、距離が出来てしまってました。だからもう一回、自分で映画を作る、というのはどういうことか考えたいな、と思っていたんです。それで御覧なっていただいたように、ひとつの部屋の中に二人しか俳優が出て来ない、生活道具もいっさい無いという設定で出来ないかなと。

司会:室井さんは当時自主映画と呼ばれるたくさんの作品に出演されてますが、どういう経緯で出られるようになったんですか?

室井:早稲田に行ってたんですが、大学入ってすぐ演劇部みたいなところでお芝居をはじめまして。よく肉体訓練で、スロープみたいなところをゆっくり歩く練習とかいろいろやってるのを、山川さんが見かけて、自分の映画に出てくれないかと。
山川:それじゃまるで道でたまたま見つけたみたいじゃない。いや、舞台を見てからだよ。
室井:あ、そうなんだ。
山川:え、今知ったの?(笑)
室井:そんな感じで最初に山川さんの作品に出たんです。私その頃わりと、自分で自分がけっこうイケてるんじゃないかと思ってたんですよ。でも、作品見たら、もうめちゃくちゃドブスで(笑)。山川さんって撮るのきっとヘタクソなんだ、と思いました。だから、今回失敗だったね、って山川さんに言ったんですよ、最初に出た映画のときに。そしたら、うんって言ったんですよ(笑)。でもまた次のも出てくれって言われたんで、じゃ、今度はいいかなと思って出たら、やっぱりすごいひどい顔だったんですよ。だから、山川さんのじゃなくて他の人のに出てみよう、と思って次々に出ました。でもこれも間違いこれも間違いって、100本くらい出るようになって。そのうち、自分の顔がそういう顔だって認識できるようになりましたけど。その中で、長崎さんていうのは私たちよりも、ちょっとステージが違うというか、自主映画界のスターだったんです。出てくる女の人がまたカッコいいんですよ。ピンヒール履いて。だから出ないかって言ってもらえたとき、私もあういうハイヒールが履けるんだって思ってたら、線路に足突っ込んで抜けなくなる冒頭のアレだったんですけど。

f0087322_14353074.jpg司会:じゃあ話が出たので、山川さんに話をお聞きしたいのですが、なぜ室井さんを?

山川:舞台を見て。その舞台の内容はまったくワケが分からなかったんですけど、すごく、真剣にやってたんですね。それが謎だったんです。

司会:謎?

山川:なんでこんなワケの分からないことに、こんな真剣になれるのかと。その謎を究明したくて、出てくださいと、お願いに行きました。

司会:それでで出てもらったのはどの作品になるんですか?

山川:『ビハインド』です。

司会:室井さんから今回は失敗だったんだよね、といわれ、うん、と言ったそうですが。

山川:全然僕おぼえてないです。でもイケてましたよね、最初から。シナリオ書いて、撮る前にある程度自分の出来上がりの映画をイメージするじゃないですか。でも、イメージしたものよりも、必ず面白くしてくれた。

司会:やっぱりこの当時から室井滋という女優さんは山川監督にとって魅力的なヒロインですか?

山川:そうですね。もう全部出てもらってたんで。僕としては必要不可欠な人材でしたね。

司会:長崎監督は、内藤(剛志)さんとずっと一緒に映画を作っていたんですか?

長崎:ええ、内藤はもともと大学で一緒だったんで。だから山川君と室井の関係みたいに、自分が撮る映画にはほぼ内藤が出てるって形ですね。室井とは、僕もどこでどう知り合ったか全然記憶にないですけど、ただ山川君の映画で『自己と他者』というのがあって、それに出てる室井滋が非常に印象的で、その記憶がずっとありました。だから決して、室井が今言ったみたいにダメじゃなくて、やっぱりなかなか魅力があったんですよ。だからたぶん『闇打つ心臓』のときに頼んだんだろうなと。

f0087322_1436236.jpg司会:室井さん、長崎組というのは、他の現場と比べてどんな印象を受けました?

室井:そんなに年が離れているわけじゃないですけど、ものすごく大人に見えてました。自主映画の中では、自分たちの仲間で撮るというものとはちょっと違う感じがあって。長崎さんたちの組の人って、お酒の飲み方とかも全然違うんですよ。なんか、手首切ったのをくっ付けて、仲間の誓い、みたいなこともやってて(笑)。

司会:ええ?!長崎さんそんなことしてたんですか?!

長崎:いや、だから全然大人じゃないんですよ(笑)。あとは、今いないから言いますけど、内藤がそういう意味では非常に、今で言うプロデューサー的な感じもあったんですよ。学生が撮ってるんだけど、それだけじゃ嫌だという。そういう思いというか行動力というか。内藤のそういう感じが、現場の雰囲気に大きく影響してたように思いますけどね。

司会:『闇打つ心臓』のタイトルバックを、山川さんが作っているとか。

長崎:そうです。山川さんはやっぱりデザインがうまい。それでお願いしました。僕らが映画撮っているときは、そのときに好きだった映画を真似しようとしてたんですよ。こうやるとカッコいい映画になるなとか。でも出来なかったんですよ。失敗する。それで、あ、じゃあこれが自分たちなんだから、むしろ失敗を押していこう、そういう発想があったんですよ、内藤なんかとやってたとき。ただ山川君の映画を見たときに、最初から完成度が高かった。すごい完成度で、しかもおしゃれなんだよね。すごく洗練されているっていうか。僕らは真似っ子で失敗して、そこを行くっていう映画だったけど、山川君のは最初から独自な感じがきちんとあって、それですごく驚いた記憶があります。

司会:最後に35ミリ版の『闇打つ心臓』の話をして終わりたいと思うんですが、室井さん、23年後の伊奈子は演じられていかがでしたか?

室井:『闇打つ心臓』をもう一度撮るっていう話をいただいたときは、すごい嬉しくって。8ミリ版は自分の中に断片的にいつも心の中に残っていて。例えばそれは、どこか知らない町の銭湯に行ったときとか、知らない場所に行ってフラっとしているときに、しょっちゅう思い出したりすることが、この二十何年間にあって。完成した台本と撮影して出来たものは、またちょっと違ってたので、何回もびっくりしたというか。ただ、奇跡って言うほどじゃないのかもしれないですけど、やっぱり映画の構造が何重にもなってたりとかして、時間が映画の中で動いていくという、ものすごい体験ができるので。かなりすごいなと思いますね。
司会:監督、公開を目前に控えているわけですけども、『闇打つ心臓』を35ミリで撮られた感想をお聞きしたいと思います。

長崎:たとえばその人の年齢とか、もちろん性別もあるだろうし、やっぱり見る人によって、だいぶ印象が違うようです。作っているときはそれは思わなかったんですけど。映画というのはこういうもんだって、誰しも思ってるかもしれませんが、そこからちょっとはずれてもいいやって思ってらっしゃる方は、見てもらったらいいかなと(笑)。

司会:じゃあ、山川さん。

山川:これが映画だ、ていう映画ですね。出てる人がみんな立派に見えるんですよ、何やってても。あ、こういうふうに考えたいなあとか、こういうふうに行動したいなあとか。長崎さんが作ったひとつの、フィクション、ノンフィクション、ドキュメンタリー的な部分も含めて、ひとつの映画世界の中にのめり込んでしまう。のめり込ませてくれるのが映画だと僕は思うので。だから僕にとって真の映画体験をさせてくれる映画を久しぶりに見た、という感じです。

監督、俳優の顔から“仲間”の顔へ…。フィルムから溢れ出す輝きは、20年という時を超えて、今でも彼らの中に息づいていた。

番外編第2弾は初日舞台挨拶レポート!近日アップ!!
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by yamiutsu | 2006-04-14 14:37 | 番外編
佐々木史朗さんインタビュー

『闇打つ心臓』にまつわる様々な証言を得たリレーインタビューもついに最終回。大トリは、『闇打つ心臓Heart,beating in the dark』のプロデューサー、佐々木史朗氏。今なぜ、もういちど『闇打つ心臓』なのか?


f0087322_171046100.jpg−『九月の冗談クラブバンド』が長崎監督の作品を最初に佐々木さんがプロデュースした作品ということですが、企画が立ち上がったきっかけを教えて下さい。

いつも新しいやつを探してて。東京の学生で自主映画を作ってる人間をひとり、出来たら関西でやっているやつをひとり、探していたんです。大阪と東京で同時に映画を撮ろうと。関西は井筒(和幸)なんだけれども。だから長崎が撮った『九月の冗談クラブバンド』と井筒が撮った『ガキ帝国』は予算が同じです。大体1千万ぐらい…、結果1千万は越えちゃったけどね。それ以前からずっと自主映画は見ていたから、その中で面白い人はだれか、と思った時に長崎俊一、石井聰亙、山川直人かなぁ、と。長崎とはその前からちょっと会ったりしていたので、やってみようか、ということが始まりですね。

−当時の1千万は低いんですか?

低いね。今の感じでいうと3千万とか4千万ぐらいの感じ?自主映画ってね、お金あるのかないのか良く分からない。自分らの力に対しては払ってないからね。実際にかかったお金しか払っていない。へたすると5万しかかかってないとかするじゃない。商業映画と比べてなんともいいようがないよね。

−長崎さんは35mmを経験して、それがきっかけで8mmでまた撮ろうとして撮影したものが『闇打つ心臓』であるわけなんですが、その流れというものは…。

多分事故で入院しているあいだにずいぶん考えたと思うんだよね、長崎は。入院していてやることがないから考えることしか出来ない。事故で中断した段階で『九月の冗談クラブバンド』は3分の2まで撮り終ってたんだよね。「もうしょうがないからこれでおしまい」と僕は心の中でピリオド打ったんです。でも、暫くしてさ、長崎が俺の所に来て、「あれ、続きやらせてくれませんか」って。俺の方は言ってみれば未完成の映画のままで置いとけばいいんだけど、長崎からこう言われるとやっぱりケリを付けたいんだろうな、と思うわけだ。で、長崎自身がやるつもりがあるんならいいよ、って言って、再開した。続きを撮って、途中でラッシュを見たりとか編集の具合をみるんだけれども、バランスが悪いんだよ、映画としてはね。1本の映画としてあまり完成度としては高くない、観た人からもあまり評価を得られないんだろうな、と。それはただ1年という時間を過ごしていただけではなく、事故によって、長崎が“映画”というものを考えちゃった。だから、前に戻って、前と同じ感じ方でやる、というのは無理だったんだね。結果としてはアンバランスになってしまったけど、それをやっていかないと次はない、というのは長崎の中であったんだろうな。その時に、ちょうど文芸座から話があって、ものすごく少ない予算でものを作るっていうのは多分こういうことかな?と作られたのが『闇打つ心臓』。ワンセットで登場人物が3人で、8mm。これならやれる!と思ったんだろうね。1千万で映画を作るということは、本当はそういうことだったんじゃないだろうか、と長崎は思ったんじゃないのかな。少なくとも俺にはそう見えた。

−『闇打つ心臓』の製作には佐々木さんは直接関わってないんですよね?

関わってない。やっていることは知っていたけど。だから出来上がった時にすぐに見せてもらって。文芸座の映写テストのときに観たんじゃないかな?多分。それとも、あれがいきなり上映だったのかな?客があんまりいなかったから(笑)。

−佐々木さんが8mm版を初めて文芸座でご覧になった時はどういう感想をもたれたんでしょうか。

圧倒されたな。こんなことやろうとしてたのか、という。なんだろうね、殺気が伝わってくるじゃないか。それはスタッフもキャストも含めての何かだよな。どうしたんだ、という。本当にびっくりしたし、気に入った。当時はいっぱい自主映画観てたし、そのなかで刺激を受けて覚えているものもいっぱいあるんですが、『闇打つ心臓』はダントツだったかな。

f0087322_17112349.jpg−今回佐々木さんがもう1回『闇打つ心臓』をやろうと言い出したわけですよね。

2、3年前かな。「そんなにお金はかけられないけど、なんか1つやってみないか?」と長崎に話を持ちかけた。「なにがいいんですか?」って聞かれたから「『闇打つ心臓』っていうのはどうなんだ。考えてみて」と。その後はたまに長崎が遊びに来てご飯を食べにいったりするとちょっと話したりして。毎回あまりいい返事しないんだよ。結局1年かかったね。

−なぜ『闇打つ心臓』のリメイクにこだわったんですか?

野次馬だな(笑)。ようするに気に入っていたんだよね、8mm版が。で、考えたら内藤(剛志)も(室井)滋も諏訪(太朗)も、今もまだ現役で。彼らが現役の一線にいるときに、若い無名な俳優でリメイクする、というのが面白いんじゃないかな?と思ったんだね。今の若い俳優だったらどういう風に演じるんだろう、という。その時はいろんなこと考えていたのね。

−8mm版は、最後二人が部屋を出ていくところで終わるじゃないですか。その続きが観てみたい、と佐々木さんがおっしゃったと長崎さんのインタビューで伺いました。

うん、あのラストは秀逸だと思ってる。最後にドアがぱたっと閉じる、というのがね。ドアが閉じて終わる、ていう映画をもうひとつはっきり覚えているのが『ゴッドファーザー』。要するにドアがしまって、人間が消えて、部屋だけ残る、ていうのが秀逸なラストだな、と。だからリメイクするとすればあれからあの二人はどうなったか、という物語を作れないかな、と。

−佐々木さんはこのリレーインタビューの大トリです。企画主旨は23年前の『闇打つ心臓』とは何だったのか、今回の闇打つ心臓は何なんだろう、ということなんですが、佐々木さんの考える『闇打つ心臓』は何だと思いますか?

両方ともすごく答えづらいね。特に後はね。長崎の映画だけではなく、今まで関わって来た監督の作品のすべて分かってないんだよ。一本作ると、その映画がヒットしたどうか、誉められどうかに関わらず、なにかやり残したことがあるような気がするのね。あの映画はこういうことだったんだよ、ということが言えなくて30年続いてる、という。あのとき監督にこういうことを言っておかなきゃいけなかったよな、とか。これは自分の中で一番納得の出来た映画です、というのがまだないし、だからあれはなんだったのか、といわれると非常に困っちゃうんだね。今度の『闇打つ心臓』だってね、小さい規模でやろうとするから、予算も少ないし、最初からこれはレイトショーでやりたい、と思ってたし。その結果がどういうことになるかはずっと分からない。

−出演されている皆さんが23年後にまた続編を撮って欲しいと…。

俺は生きてないからいいけどさ(笑)。今回の長崎のシナリオに、“年輩のプロデューサー”ていう役があったんだよ。全然気が付かないフリをしていたんだけど、いよいよクランクインも決まって、長崎に「お前さ、年輩のプロデューサーってこれ俺のことイメージしてるのか?」て聞いた。そしたら「そうです」と。「うーん、じゃ誰に演じてもらうのがいいかねぇ」て言ったら、せき払いしながら「佐々木さんに」て(笑)。「やっぱりそうかぁ…」って(笑)。

−そんな佐々木さんの名演技が光るこの映画を、誰に一番見てもらいたいですか?

若い人達に、こんな映画があったんだ!ってびっくりされたいと思うね。それってとても幸せなことだよね。いつも言うんだけれども現在形で今俺は映像の芸術をやっているとはとてもじゃないけど思えない。そんなの50年、60年後に決まるだろって。今俺が決めることではない。自分は映像芸術をやってるんだ、っていっている人が気に入らない。芸術やっているわけじゃないだろう、とね。でもなぜかそういうジャンルに属するものばかりやっているのは何故だろうと思うけれども。


ずっと温めている企画がある。SFの短編小説。構想50年。今でも手に届くところにおいてあるそうだ。リメイクしたい映画もある。
佐々木史朗氏の構想は、まだまだつきることはない。きっとまた、新しい『闇打つ心臓』が作られる。それを私たちは心待ちにしたいと思う。

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by yamiutsu | 2006-04-13 17:12