闇打つ心臓
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伝説的な自主映画としての『闇打つ心臓』。23年経てつくられた『闇打つ心臓Heart,beating in the dark』。闇打つ心臓とは何なのか?関係者や監督たちに聞いて回る、リレーインタビュー。
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黒沢清監督インタビュー

長崎監督と共に同世代を走り続けて来た黒沢清。彼から見た“長崎俊一”とはどんな人間なのだろうか。

f0087322_1714849.jpg—大学に入って、他の自主映画を撮られている方々と出会われるわけですが、その中で長崎監督というのはどういう存在だったのでしょうか。

際立っていたと思います。この人8mmで日本映画を“本気”で撮ろうとしている。すごい人だ、と。長崎さんの作品は「ここまで出来るの?」という驚きと、嫉妬と、とうてい自分には出来ないなという感じを受けます。当時の日本映画を軽視していたけれども「変えてやるのだ」と思いながらも行動ができない僕にとって、長崎さんはそれを実現している、別次元の人という感じでしたね。

—具体的にはどの辺が“本気”なんですか?

簡単に言いますと、長崎さんの作品は長尺なんです。当時8mmで1時間を越えるものを作る人はいなかったんじゃないかなぁ。同世代で本気で商業映画を撮っている人がいるんだ、という衝撃がありましたね。あと、映画で本気度を表す分かりやすい要素があって。それは女優のヌード・シーンがあるっていうことですね。自主映画の世界では、それはもう驚くべきことでしたね。

—それは刺激になって、じゃあ自分も本気で撮ってみようか、という影響はありましたか?

それはあったでしょうね。自分は長崎さんと同じ方向の本気ではない、別の方向の本気で撮ろうとしてみたんですけど、ますます誰からも理解されないというものになっていきました。長崎さんは外に向かおうとする、はみだしているとするのであれば、僕は内に内に引きこもっていくという。そういう意味では長崎さんの作品が持ち得ているある力強さとか、もちろん自主映画だから自己満足でいいんですけど、ここまで幅の広い自己満足があるのかっていうのは驚かされました。

—当時自主映画で活躍されていた方がATGでどんどんデビューされていきます。当時の黒沢さんは商業映画デビューということに関してどのように考えていらっしゃったのでしょうか。

長崎さんがATGで『九月の冗談クラブバンド』を撮って、商業デビューされて。既に大森一樹も石井聰亙もデビューしていましたから、次は長崎俊一に決まっているし、それまでの自主映画の人が商業映画を撮りました、というレベルとは全然違ったものになるだろうと思っていました。僕は到底そんな道は進めそうもない。まあ、その後僕もどうにかピンク映画で商業デビューするんですけれども、その時に長谷川和彦さんや相米慎二さんや根岸吉太郎さんといった人たちに「黒沢がデビューするのにピンク映画で大丈夫なのか?」て随分心配されたことがありましたね。ピンクのように職人技が求められるプログラム・ピクチャーじゃなくて、長崎俊一のように堂々と、ATGで作家としてきっちりデビューすべきだ、と。僕はそんな力量ありませんし、僕はもうピンクで十分ありがたいということで。もし長崎さんを意識して、ATGで作家デビューするぞって道を歩んでいたら、今日まで撮れてなかったかもしれないですね。ピンク映画だったから良かった。

—常に長崎さんは気になる存在だったんですか?

気になるというか、もうぜんぜん先を行ってる方。長崎さんの方が僕より一つ若いんですけど、別格な感じですね。僕だけじゃない、当時の8mm映画関係者はみんなそう思うんじゃないんでしょうか。長崎さんは別格。とにかく本気の人。そして、僕たちのはるか前をで進んでいる人。

—昔の『闇打つ心臓』はご覧になってらっしゃいますか?

見てますよ。『闇打つ心臓』でもやっぱり本気を感じました。
これはもう崇高な感じがしたな。当時の僕ら映画って、自分自身と作品で描く世界とに必ず大きな“差”があるんですけれども、長崎さんはこの“差”というものをいつも意識して、それをできる限り埋めようとしている。僕なんかは、まあ自主映画なんだからしょうがないやってあきらめちゃうんですけど。『闇打つ心臓』はとりわけ長崎さん自身と作品とが超高度に密接に作られてる、それでいて決してプライベート映画じゃない、そういう印象がありますね。
きっと長崎さんはいつも“映画”と“社会”と“自分”という力関係みたいなものをとことん考えて作っているんでしょうね。僕なんかは“自分”と“映画”の関係しか考えていない。つまり視野が狭いんです。狂信的、原理主義ってことですね(笑)。
“自分”と“世界”と“映画”のドラマなんて言っても、つまりある種の人間ドラマなんです。そこが長崎さんの凄いところです。難しい理屈をこねるんじゃなくて、結局のところ男と女のドラマとして提示してくる。なんて大人なんだろうと思いましたね。僕なんかがそれをやろうとすると、人間ドラマにするのは面倒臭いので、どうしても別な表現に頼っちゃいます。しかし長崎さんはある二人の登場人物に、「こういう人いるんだ」「こういう人がこういう目にあっているんだ」「こういう問題をかかえているんだ」と自分のドラマなんだけども、きわめて客観的な形式で作っているので驚きました。この力量って学生が作ったものではない。普遍的な広がりといいうか。単なる映画好きだった僕は、当時そんなことを発想することも出来なかった。

f0087322_1723536.jpg—今回新たに『闇打つ心臓』を35mmで完成させたんですが、それをご覧になっていかがでしたか?

いやあ、いよいよ本気だなぁ、真面目だなぁと思いましたね。うわついたところがなくて、まさに“自分”と“世界”と“映画”の関係をますます深く考えたところで作品を撮ってる。
8mmの映像が挟まれることは、昔の『闇打つ心臓』を見たものにとっては、本当に何か時間が逆行していくみたいに感じましたね。ドラマなのに、作られた過去の映像ではなくて、本当に過去の映像で、しかも僕もかつて見ているというのはなかなかない経験ですので、とにかく幻惑されました。

—実は『闇打つ心臓』の8mm版を見て、すごいと思う反面青臭いなと思いまして。でも今ビデオとかで作品を撮ってるものには青臭さを感じないんですけど、あの青臭さってなんなんだったのかな、と思うのですが。

僕が思うに、8mmは音が撮れない。だから素直にまず映像を撮ろうというところから出発しているからだと思います。8mmの人ってまず映像、それはヨーロッパ映画だったりアメリカ映画だったり、その中のあの瞬間が撮りたい、みたいな発想から始まる。それを東京で学生が撮るわけですから、やっぱり無理なんですよ。無理なんですが、なんとかやりたいものだ、出来ないものかと四苦八苦するところに青臭さが出るんだと思いますね。今の方はビデオで同時に音が撮れてしまうし、いっきに60分回すことだってできるので、自然と目の前にいる生々しい人間をそのまま撮るところから始める。多分今ビデオを回している人でアメリカ映画みたいな映像を撮りたい、なんて馬鹿なことを考えている人は誰もいないんじゃないんですか?

—最後に、若い時に撮影したものはどうしても自己満足に終わってしまう、というのがあると思うんです。黒沢さんは観客というものを意識して撮られていますか?

意識、してないですね。映画はまず自己満足です。自分が満足する為に作るというのは大前提です。で、観客のことは、考えないね(笑)。はたして観客とは誰のことを指しているのだろう。所詮、その映画を分かる、おもしろいと言ってくれる人達のことが観客なんです。その人たちに向けて作っている。だから訳分からない、まったくつまらなかったという人に対しては、すみません、って言うしか出来ない。お前のためにつくってんじゃねぇ、が本音ですけど(笑)。いやあ、でもいくつになってこんなこと言ってるから長崎さんに追い着けないんでしょうね・・・。

実は、この他にも興味深い話をたくさん聞いたのだが、文字数の関係で削除せざろうを得なかった。80年代の自主映画のムーブメント、黒沢清自身が何を考え映画を撮り続けているのかなど、詳しくは3月下旬刊行予定の『Alternative Movies in Japan 日本映画のパンク時代 1975-1987』を是非読んで欲しい。

次回は黒沢清作品にも多数出演し、日本映画にはかかせない名バイプレイヤー、諏訪太朗氏にインタビュー!!

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by yamiutsu | 2006-03-23 17:05 | インタビュー